松沢病院について

2015.07.13

Vol.08  外国人患者の人権擁護

 東京都では、2020年の東京オリンピックを目指した準備が始まっています。その中には、都立病院の外国人対応能力を高め、外国からの訪問者が安心して受診できる病院を育てる、という政策もあり、8つの都立病院では案内板の外国語表示の推進や、職員の外国語対応能力向上のための研修などが進行中です。

 ところで、松沢病院には、オリンピックとは関わりなく、長年、未解決の国際問題があります。それは、松沢病院に強制入院する外国人患者さんの権利擁護です。1980年台初頭に起こった、ある精神科病院における、入院患者に対する深刻な人権侵害事件をきっかけに、1987年に精神衛生法が精神保健法(現・精神保健福祉法)に改正されました。その根幹を成すのが、強制的な入院や拘束・隔離など患者さんの意思に反する処置を行う場合の法手続きを整備することと、患者さんやご家族が、医療機関の処遇に対して異議を申し立てるための手続きを確立することでした。しかし、この時、日本の政府は日本語を理解しない外国人への対応を全く考慮しませんでした。それから四半世紀、日本社会の国際化が進む一方で、厚生労働省は、この問題について、全くといっていいほど手を打つことなく、今日に至っているのです。

 2012年5月28日から2014年1月21日までの間に、松沢病院には、123人の外国人が受診しました。国籍は、中国 (31人)、アメリカ (14人)、韓国 (12人)、さらに、フィリピン (5人)、イギリス (5人)、フランス (4人)、ネパール (4人)と続きますが、実は、最も多いのは、その他 (48人)です。この123人の中には、在日の韓国、中国の人も含まれ、15%は日本語を話しますが、英語が35%、中国語29%、韓国語7%と続き、入院時はどこの国の言葉を話すのか分からなかったという人も5%います。外国からの一時的訪問者は4.1%と少なく、都内に住所を持つ人が71.5%、都外の日本が7.3%、不明が13.8%に上ります。診断では、約50%が統合失調症および急性の精神病状態、約10%がアルコールや薬物乱用です。統合失調症や薬物乱用の患者さんは、しばしば、激しい精神運動興奮状態で病院に連れてこられるため、病気だという自覚を持っていないし、当然、精神科病院での治療の必要性など自分では判断できません。

 123人中、入院した患者さんは78人で、中国の20人を筆頭に国籍は31か国に及びます。78人のうち、28人が緊急措置入院、20人が措置入院です。つまり78人のうち61.5%が警察官通報等による行政命令で診察を受け、入院しているわけです。残る20人のうち、市区町村長同意による医療保護入院が16人、応急入院1人です。これらの患者さんは、本人の入院の必要性等について医師と共に協議する家族がいないために、実質的には医師の判断のみで入院が決定されている人たちです。これらを合計すると、入院する外国人の83.3%が家族による支援なく非自発的に入院していることになります。これらの患者さんの多くは、入院当初、保護室と呼ばれる鍵のかかった頑丈な個室に隔離されます。

 患者さんが自分の病気を正確に理解できず、治療の必要性を認めない場合が少なくない精神科病院の入院や治療においては、患者さんの同意がないまま入院が決定されたり、服薬を拒んだ患者さんに服薬をなかば強制したり、あるいは注射したりという事が起こりえます。病室で他の患者さんと協調できなければ、保護室に隔離されることがありますし、極端な場合はベッドに拘束されることもありえます。医療は本来、インフォームドコンセントのもとに行われるものですから、患者さんの自発的意思によらない治療の強制は、人権擁護の観点からは大きな問題があります。したがって、精神保健福祉法は、入院患者さんの人権を擁護するための様々な規定を置いています。その第一が、入院するときに手渡される告知文というもので、入院がどのような法的基準に基づくものであるかに始まり、患者さんが入院決定に不服を申し立てる手段や、病院での処遇改善を申し立てるための手段などが書かれています。閉鎖病棟には、こうした苦情を受け付ける人権擁護担当部局の電話番号を記載した電話も置かれています。

 こうした精神障害者の権利擁護規定は、松沢病院に入院する外国人にも有効でしょうか。私は大いに疑問だと思っています。先日も、保護室から一般室に移ったイギリス人の患者さんが、「ここは監獄ではなかったんだね」と(もちろん英語で)つぶやいたという報告を受け、非常に慌てました。言葉も十分理解できない外国で、突然、警察官に拘束され(法律的には『保護』ですが)、夜中に、白衣を着た人に取り囲まれて注射をされ、目覚めてみたら、分厚い扉のついた狭い部屋の床にマットを敷いて寝かされていた(救急入院を受け入れる病棟では、ベッドが自殺の道具になるためにベッドなしでマットを床に敷いています)、という経験がどんなに不安で恐ろしいものかは想像に難くありません。

 松沢病院では、2014年度に、非自発的な入院を強制される外国人の患者さんのために、英語、フランス語、スペイン語、中国語、韓国語、タガログ語の法律文書と入院案内を作りました。本当は、これらの翻訳について大使館の認証を得、外国人の患者さんも自分が読める言葉で書かれた法律文書に署名してもらえるようにしたいと思ったのですが、厚労省の見解は、日本語の法律文書に署名しなければいけないというものでした。さらに、私たちが翻訳した法律文書を各国の大使館、領事館に送って認証を求めても、芳しい反応はほとんどありませんでした。韓国語訳についてのみ、日本の大学で研究している韓国人研究者の努力のおかげで、大使館の認証を得ることができましたが、その他は、フランス、スペインの大使館が翻訳を確認してくれただけで、他の大使館からは返事もありませんでした。よその国の人権侵害には過敏に反応する欧米諸国も、自国の精神障害者の人権擁護には関心がないのでしょうか。

 在留外国人は200万人を超え、観光客として来日する人も増え続けています。オリンピックを控えて、これから土木工事などを目当てに、大使館も領事館もないような小さな国の労働者が、様々なルートで、たくさん日本に入ってくるでしょう。元々、精神に障害を持つ人もあるでしょうし、慣れない環境で一過性に精神の変調をきたす人もあるでしょう。こうした人たちにも、適切な医療を受ける権利を保障すること、医療サービスの中で個人の意思を尊重されることは、日本が、真に成熟した社会であることの一つの証になるでしょう。これに加えて、一時的にせよ、患者さんの意思に反した治療を強制する場合には、強制措置の法的手続き、人権侵害が起こった場合のセーフガードの確立が不可欠です。こうした手続きの重要性には、日本人であるか、外国人であるかによる区別はありません。