松沢病院について

2013.01.07

Vol.032013年の年頭にあたって 都立松沢病院のジレンマ

明けまして、おめでとうございます。松沢病院は今年、創立134年を迎えます。134年分の遺産と合わせて、134年分の負債を負った新しい年の始まりです。

松沢病院は、東京都が直轄する8つの都立病院の一つです。東京都病院経営本部のホームページによれば、「都立病院は、高水準で専門性の高い総合診療基盤に支えられた行政的医療を適正に都民に提供し、他の医療機関等との密接な連携を通じて、都における良質な医療サービスの確保を図ること」を基本的役割としています。
『総合診療基盤』というのは、一つの疾患に付随するいくつもの合併症に総合的に対応できる診療基盤を言います。松沢病院は精神科を中心とする病院ですが、精神疾患に合併する身体医療にも対応できるよう、内科、神経内科、外科、整形外科、脳外科、放射線科などの常勤医が配置され、病棟も準備されています。
『行政的医療』というのは、採算が合わなくても行政政策上不可欠の医療行為を指します。松沢病院は、行政医療として、24時間365日の精神科救急、精神科の病院で生じた身体合併症に関する医療、医療観察法に関連した医療、認知症医療疾患センター機能、さらにはアルコールや薬物依存に関する医療などを担っています。これに加えて、自殺予防を目的とした社会啓発に関する活動や、新しい薬品の治験、新しい検査や治療法の研究などにも積極的に取り組んでいます。さらに、松沢病院は災害拠点病院になっていて、免震構造をもった新診療棟屋上には非常用ヘリポートを備え、普段は会議室等に使用している場所にも医療ガス等の配管があって、非常時には、ここで地元医師会の先生方や他の都立病院等と連携して診療に当たります。これらはいずれも、まさに、行政的医療と呼ぶべき分野です。
しかしながら、これだけが松沢の医療かと言えばそうではなく、一般の精神科外来、入院診療、デイケアや訪問看護などの地域医療も行っています。東京都全体の精神医療センターであると同時に、世田谷区に立地した地域病院として、地域住民に対して良質な精神医療を提供するという機能も決して小さくありません。医師の教育という視点でも、一般精神医療機能を維持することは不可欠です。都立病院は、卒業後2年までのジュニアレジデント、その後、精神科の専門医を目指すシニアレジデントの教育、研修を行っており、これらの人材を育てるためにも、幅の広い精神医療を体験させる必要があります。さらに、一人前の精神科医になった後も、特殊な行政的医療を遂行するためには、精神医療全般に対する高い技術と見識を持つ職員を育てる必要があり、そうした意味でも、行政的医療だけに特化した精神科病院というのはあり得ないのです。

さて、ここに松沢病院のジレンマが生じます。民間の医療機関は診療報酬のみを収入とし、その中で人件費を払い、設備を維持更新し、さらに税金を払っています。これに対して、松沢病院は診療報酬だけでは職員の人件費を賄うこともできません。たくさんの税金を投入されて維持されているのです。そういう病院が、経営改善だけを目指して一般精神医療に邁進すれば、民間病院の経営に甚大な脅威となります。税金を使ってでも、良い医療を行えば、患者のためになるではないかという主張もあるでしょう。しかし、長い目で見ればこれは正しい主張とは言えません。前回申し上げたように、日本の医療は国民皆保険制度のもとに運営されており、日本中どこに行っても、決まった疾患の治療には決まった診療報酬が支払われ、その報酬額は、それで医療機関が運営できるように定められているのです。もしも、税金で赤字を埋める公立病院が、無定見に贅沢な医療を行えば、同じ税金や医療保険を支払っている国民の間にいわれのない不公平を生みだすばかりか、そうした行為が、医療費の水準を引き上げ、ただでさえ不足している保険財政を圧迫し、ひいては、国民皆保険下の医療そのものにとって脅威となる可能性があるからです。もっと良い医療を享受したいという患者さんやご家族の願い、さらに高い水準の医療を提供したいという医療従事者の希望は、いずれももっともではあるけれど、さらに大事なことは、命に値段をつけず、どんなに困った人にでも必要最小限の医療は提供できるという制度の維持です。みんながそれぞれの立場で自制することが重要です。私たちがこのジレンマを脱するためには、松沢病院の医療が独りよがりな自己満足に陥ることなく、これだけの社会資源を費やすに値すると皆様に評価していただけるような貢献ができなければなりません。

都立松沢病院は、今年も医療内容の充実と経営の改善に邁進してまいります。新しい先進的な診療機器を納めた新診療棟、民間病院だけではなく、他の自治体立精神病院等と比較しても抜群の人的資源を持つ松沢病院の精神医療が、病院を利用される患者さんの役に立つだけではなく、東京都、さらには、日本の精神医療を牽引していると認めていただけるような道を模索しながら、新しい年の第一歩を踏みだそうと思います。

本年も倍旧のご指導、ご鞭撻を賜りますよう、職員一同、心からお願い申し上げます。